24歳格闘家の余命宣告ニュースから考える、“自分の人生を選ぶ”ということ
- Takuya Oyashiki
- 10 分前
- 読了時間: 3分
最近、あるネットニュースに心を揺さぶられた。
24歳で「余命3か月」と宣告されたステージ4肝臓がんの格闘家――高須将大さんの記事だ。
腹部の痛みから検査を受けて、肝臓に10cmを超える腫瘍が見つかり、肺にも転移。
それでも彼は、絶望に沈む代わりに、もう一度リングに立つことを選んだ。
再発。手術。抗がん剤。治療の苦しさ。そして、格闘技という体を酷使する競技。
想像できないほどの痛みと不安の中にいたはずだ。
それでも彼は、復帰を目指した。
その背景には、
「生きてほしい」と涙を流した母の存在、
自分の背中を見てくれる仲間やファンの存在、
そしてなにより、彼自身にとって格闘技が“生きている実感を与えてくれる場所”だったことがあるのだと思う。
私はこの記事を読んだとき、
「すごいな…」という素直な尊敬と同時に、
「自分だったらどうだろう?こんなふうにできるだろうか?」
そんな気持ちが湧いてきた。
■ 結果ではなく、“向き合ったプロセス”のほうに意味がある
特に心が動いたのは、
再発が見つかっても、彼が復帰を目指し続けた という部分だった。
もし結果がどうであったとしても――
たとえ復帰できなかったとしても――
“復帰を目指して努力したというプロセス”には、
確かな意味があったはずだ。
彼が動き続けた背景には、
家族の支えがあったし、
自分の人生に対して「諦めたくない」という強い願いがあったのだろう。
それを見て私は、
「人は出来事そのものよりも、その出来事にどう向き合ったかで人生が変わっていくんだ」
と強く感じた。
■ 自分自身の人生にも、同じ“意味づけ”があった
この記事を読んでいるうちに、私は自然と自分自身の過去を思い返していた。
私は以前、会社を辞めて、経済的には決して楽ではない道を選び、
家族とともに地方へ移住した。
金銭的な余裕が大きく減ったし、
あの頃は正直、不安がなかったわけじゃない。
でも――
「死ぬときに『あのとき会社やめてればよかったな』って思うのだけはイヤだ」
この気持ちだけは、強烈にあった。
だから辞めた。
だから移住した。
だから今でも、一歩ずつ前に進み続けている。
経済的には苦しくなったけど、後悔はまったくない。
むしろ、あの決断をして本当に良かったと今でも思う。
なぜなら、私は“自分で選んだプロセス”の中に、確かな意味を感じているからだ。
■ 人生は、出来事の意味を「自分で決められる」
高須さんのストーリーも、
私自身の選択も、
種類は違うけれど、根っこにあるものは同じだ。
「出来事に意味を与えるのは、自分自身」
「自分に向き合い、選び、動くことで人生は動き出す」
どれだけ過酷な出来事が起きても、
どれだけ不安な選択を前にしても、
“自分の人生を自分で引き受ける”という姿勢が、
未来をじわじわと変えていく。
それは大きな挑戦じゃなくてもいい。
今日一歩前に踏み出すことだったり、
自分の気持ちをノートに書くことだったり、
大切な人に思いを伝えることだったり。
小さくても、自分に向き合った行動には、かならず意味がある。
■ 読者へのメッセージ
この記事を読んでくれたあなたが、
もし今、何かに迷っていたり、
自分の気持ちを見失いそうになっているなら、
無理に答えを出さなくても大丈夫。
ただひとつだけ覚えておいてほしい。
「向き合えば、人生は動き出す。」
出来事の意味は、外側ではなく、
あなたの内側で決まるものだから。


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